デッサンについての数ある教えのなかで、何ものか教えるところのある最も初めのものについて、私はここに筆を執る。その美しき肖像画の作品によって、ひろく人々のあいだに知られているカヴェ夫人は、その論議によって、一つの意味深き考究を発表した。彼女がたずさわるデッサン教授のかたわらに得られた種々の観察のきわめて興味豊かな収穫と、彼女自ら行ってきた方法が、そのなかに語られている。彼女の本は、その通達した手腕によって習得した芸術上の諸種の原理について、彼女がいかに深く省察を与えているかを示しており、また画家の生活に身を捧げる人々すべてに、その価値が計りがたい貢献を与えている。一般普通の学修科程は、誤謬に満ちていて、またその結果が不確実きわまるものである事実を明らかに示していた。夫人の声は、我々が耳を傾けざるをえない、争いがたい力をもつ。自ら理解する事柄について語っており、その表現の美しさは、ただ真実をより明確に語ることにのみ役立っている。私がここに筆を執るに際し、この機を利して、絵画芸術を根底から知ることなく、またその諸種の要素に通達することもなく絵画芸術について書き、かつ画家に対して親切げな忠告を与えようとする文筆の士なる人々に対して、一撃を加えようとする意がないことを明らかにしておきたいと思う。画帳を抱えてアカデミーに通う学生たちは、おそらくこうした種類の文学を読むことがなく、また自らの芸術とその道とを発見した熟練した画家は、この書の与える教義にしたがって 己 自らを改めるには時がなく、また力もなかったろう。しかも一般にこうした性質の書は、実習についてより、むしろ理論について含むところが多いことを当とする。未熟なるデッサンの教師、彼自身かつて赴いたことのない殿堂への拙劣なる案内者、彼自身の計算に対しては決して得られなかったもの、すなわち一枚のよい絵を描く方法を教え示そうとする劣等画家、こうした人々こそ真の禍いである。カヴェ夫人の所論は、こうしたあわれな教師たちとその犠牲者たちとのあいだに、現れるべきときに現われたのである。我々は、彼らのみじめな教えというよりは、むしろ彼女の方法のような適当な教えがないことに、我々画家すべてがその生涯のはじめに等しく感じてきた不安の情を帰さなければならない。我々の青年期を不安なものにした、あの鼻や耳や眼などを印刷した幾頁かを、だれか想い起こさないだろうか。あの三つのまったく同じ部分に整然と分けられた眼、その中央に瞳孔の記号として丸がある。永劫に同じような楕円形、人々みんなが知るような楕円形もしくは真丸である頭部の素描は、このかたちからはじまっている。終わりに人体のすべての残りの部分がくる。それらはそれぞれ盲目的に、つねに部分的に模写されるのであった。このように、我々は、そこから、一人の新しいプロメテウスのように一人の正格な人間をつくらなければならなかった。こうした授業が初学者を待ち構えていて、彼の一生を通じて誤謬と混乱との一つの源となるのである。
人々がデッサンの研究を嫌忌するのは不思議ではない。その書の序言で語っているように、カヴェ夫人は、デッサンの研究を「読み書き」のような教育の基礎の一つとして見られることを願った。愚かな寸法が抑圧されて、一般的かつ論理的で、そして易しく理解できる一つのデッサン教育の樹立は、これを思ってもきわめて喜ばしい一つの改革を意味するといえる。画家たちは永い生涯において、その第一歩を軽められるだろう、絵画を愛好する人々はもちろん、教養ある人々の眼も、多くの生々とした喜びへと開かれるだろう。絵画はそのすべての美しさを尊ぶことのできる識者に対して、多くの喜びを与える。が、しかしさらに、自ら鉛筆や筆を手にして描くことのできる才能を多く、もしくは少くとも持つ者に対しては、さらに深い喜びを与えるものである。自然がもたらす一切のものの模倣は、たとえそれが本質的な構図を得るにはいたらないとしても、充分な満足を与えるのである。よき絵の模写はまた一つの楽しみであって、その楽しみは苦しい研究を悦びに換える。こうして我々は、美しき作品の記念を、その画家の 閲 した苦しみや不安をともなわない一つの労役によって、保持することができる。彼には荷がある、それこそが真の仕事である。詩人〔トマス・〕グレイが、天国について願ったことは、彼に許される分け前として、長椅子に横になって自分の選んだ小説を読めること、ただそれだけであった。このように模写の悦びはある。模写はつねに偉大な画家たちの 慰藉 であった。最後の苦しさを求めない初心の画工ならびに自ら好んで画筆をたしなむ人々にとっては、模写とは手安く得られる一つの征服である。
古代において、デッサンの知識は、科学の知識のように自然的なものであった。それゆえに、デッサンが、まったく科学と同じく教育の基礎に属していたことが認められるのである。ギリシャ人たちの、彫刻断片のみならず、瓶や什器やほかのすべての日常使用の器具においても、いまだに生々としてある創見と知識についての驚異は、デッサンの理解が、まったく文字と等しく普遍的であったことを示している。一つの鍋のかたちの内にも、単純な 水甕 にも、現代の宮殿の持つ装飾以上の味がある。このようなギリシャ人は、優れた識者であったに違いない。その芸術家たちに対して、こうした趣味のたしかな人々で満ちた民族からは、優秀な批評家が生まれたに違いない。人々は、裸体を見る習慣が、ギリシャの人々をしてその美に親しませ、画家、彫刻家の作品のなかに手安くその欠点を認識させたということを、あまりにくどくどと嫌悪を 催 させるほど繰り返していた。しかし古代において、裸体がさほどにまで日常茶飯事であったと信じることは、大きな誤謬である。古代の裸像を見ている我々の習慣が、こうした謬見を生んだのである。残存する古代の諸種の絵画を見るとき、そこに日常生活における人々が、さまざまな服装のなかに示されている。帽子をかぶり、靴をはき、手袋さえはめている。ローマの兵卒はズボンをはいていたが、その点ではスコットランド人のほうが自然な服装により近い。富豪たちはアジア風に装い、積み重ねられた布をまとい、金の鎖と美しい鋗金、ゆったりした頭巾をのぞいて、インド王そっくりであった。いろいろな公開競技の催し、習慣的な体操の練習、こうした種類のものが、今日よりもあるいはより多く運動する裸体を観る機会を与えたという想像は、とはいえデッサンの完全なる駆使という事実をこれに帰するには、あまりに薄弱な根拠にすぎない。今日でも、人々はその顔を覆うことなく示している。しかし、こうして多くの顔を観ることが、肖像画芸術にとって多くの達人を生んでいるのだろうか。自然は我々の眼前に潤沢にその風景を展開している、しかし偉大な風景画家たちがいたるところにいるとは言えないのである。
『 デッサン独修 〔“Le dessin sans maître”。1852年〕』の著者は言っている。
「デッサンを勉強なさい、するとあなたはあなたの思想を、文士が彼の思想を筆の先に現わすように、あなたの鉛筆の先に持つことができます。デッサンを勉強なさい。たとえあなたが旅行の先々で出会った風景や事物などについて感じたことを毎日毎日骨を折って書き下ろしておいたとしても、その日記などよりはるかに面白い旅の思い出を持ち帰ることができるのです。あなたの眼の前にある簡潔な鉛筆のその線は、あなたがたまたま行き合わせたその場所とともに、さらに尽きないさまざまなすべての回想を、あなたに思い浮かばせるでしょう。たとえば、その前後にあなたのなさった事柄を、あなたのそばであなたの友達の言った言葉を、そして太陽や風や風景そのものについてのさまざまな尊い印象を、これらのものは鉛筆の記述がとうてい再現できないところなのです。またさらに、あなたはともに行けなかったお友達に、あなたの受けた印象の一部をみやげとすることができるでしょう、なぜなら、いかに巧みな記述も物語も、説明されようとする事物についての充分な心象を与えるには、いつもその力が足りなかったのですから。わたくしは、自分が経験したように、ウォルター・スコットの小説を喜びをもって読み上げた人々に向かい、彼は描写の技巧に卓越であるという確信をもって、彼を推したいと思います。しかし、ここまで行き届いて描かれた多くの光景の内、ただ一つでも人々がまざまざと眼の前にそれを観ることができるような、そんなものがそこにはあるでしょうか。その描写の一つを採って、あの魔術師が描いたすべての事物とともに、これを一ダースの力量ある画工に描かせたら、さぞかし興味あることでもありましょう。しかし画工たちは決して一致しないとわたくしは信じます。現代で最も有名な文士の一人が、あるきわめて面白いドイツ旅行のあいまに、つねに思想を現わすのにたいへん有効な手段である文字や言葉などというものによって、彼が行き合った場所や山や川などの印象を、色彩やまた気分なども添えて書き現わそうとしました。彼は白状しました。こういう効がない仕事は、彼をたちまち倦かせてしまったのでした。わたしは考えます、こういう仕事は、思い出を残すというよりも、むしろ濁すのに適していたのではなかったでしょうか。」
しかし、人々はいかなる方法によってデッサンを学んでいるのか。最も劣等な学生の教育は十年の年月を要する。鞭の下で、腰掛けの上での十年が、普通の学生にかろうじて古代詩人に関するある限られた知識を与えるにすぎない。デッサンにおいての永い教育に対する時間は、これをどこから得ようとするのだろうか。偉大な師たちはその生涯をデッサンに捧げた。しかも彼らは、なんらの方法というものなくして、これを学んだのである。本来デッサンとは、これをもって教えるべきなにものも存在しないのである。絵画を学ぼうと志す学生たちは、さまざまな書籍にも、また彼らの教師の忠告にさえも、基本とまた原理と称せられるようななにものをも見出しえない。最上の教師はーー日々の課業によって使い古された空虚な術策を避ける人こそ、最上の教師であるーーつねにただ学生をモデルの前に立せて、彼にできるだけよくそれを模写することを命じることができるだけである。自然についての知識、永い経験の結果は、熟達した画工がその観たものを再現するために用いる手法に、ある程度まで彼を慣らす。しかも彼のためにある本能が、算定以外の安全な案内者として、そこに残っている。このように、偉大な師たちが、なぜその充分通達し抜いた法則をその芸術へ適合させるに止っていなかったかが、自ずと明らかになる。彼らの頼る神の助力が、彼らのもとへ最上の忠告者として現われたのであった。ほとんど彼らのすべてが、全然実際的な技法の教示や、口伝のようなものさえ、書き下すことを軽んじていた。アルブレヒト・デューラーは、ただ釣り合いのみをとり扱った。彼は一つの任意な根拠から出発して、厳密に測定された尺度を示した。しかしこれは決してデッサンではない。レオナルド・ダ・ヴィンチはまた、その絵画論においてほとんどただ経験にのみ固執した。こうして彼もまた、我々の主張を確証させている。この普遍の天才、この偉大なる数学者は、彼の本においてただ 規矩 の編集を与えているにすぎなかった。
科学の無力に対して立ち上がったーー私はこういう人々をもって一般普通のデッサン教師を意味するのではないがーー組織的な思想家というものに事欠きはしない。ある者は方形の内に描き、ある者は円形の内に示した。彼らは最も隔たった関係をその助力に求めたのであった。彼らには、カヴェ夫人の簡潔な方法は、それがまったく正しく簡潔なために採用されていなかった。彼女にしたがえば、デッサンを学ぶこととは、正しく観ることを学ぶことである。もし人々がまずなによりもただ正しく観ることさえ学ぶならば、教師をして一つの機械たらしめることができる。その後にいたってはじめて、考察もまた感情さえも来るべきなのである。
誠に、デッサンとは、事物をその存在にしたがって再現することをーーこれは彫刻家の関心事である!ーー意味せず、事物をその表現にしたがって再現することを意味する。ただこのことのみが、デッサン画家の、すなわち画家の問題である。彫刻家が線の正しい配分をもって開始したものを、画家は、平面上における度合いの助けによって完成する。なによりもまず学生に、しかも彼の精神へではなく、彼の肉眼へ刻み付けられねばならぬことは、一言でいえば遠近法である。しかし私は教師たちに向かってこう言おう。先生たちよ、諸君の正確な割合やAプラスBの遠近法で、君たちはただ事実を教えているにすぎない。芸術上では、しかし一切のことが、 空 ごとである。長いものが短く現われ、曲がったものがまっすぐに現われる、またこのあべこべもあるのである。最も簡潔な定義においては、絵画とは結局いかなるものなのか。滑らかな一平面上の 浮彫 の模写。人々は絵で詩を創るまえにまず、事物を浮き上がらせることを修得しなければならない。我々がここまで到達するのに数世紀が費やされた。素直に引かれた一つの線、それがはじめであった。その到達はルーベンスやティツィアーノ〔・ヴェチェッリオ〕の奇跡である。彼らには、その浮かび出てくる各部分とその簡素な輪郭とが、それぞれ適度の抑揚を与えられて、芸術をもって芸術を隠すというところまで到達した。これが 至上のもの である。奇跡である。そして奇跡こそ 幻想 の芸術である。
私はさらにカヴェ夫人の言葉を借りて論旨を進めよう。
「一人の農夫に一塊の粘土を与えて、それで一つの球を作るように頼んでください。その結果は素直な道をたどって一つの球が生ずるでしょう。さて、つぎにこれを同じように、即興彫刻家に紙と鉛筆を与えて、その同じ問題をほかの方法によって解くように頼んでください。この度は、黒白の使い方で丸みがでることも言ってください。あなたがたは、あなたがたが要求するものを彼に理解させるだけでも、よっぽど骨の折れることになると思います。このように、彼がデッサンの助けを借りてどうにか肉付けをするようになるまでには、数年間が必要なのです。」
このようにカヴェ夫人は、ただ眼を正しく観ることだけを求めているのである。彼女の思想に感謝せよ、その方法たるや実に簡潔そのものであり、釣り合い、形式、優美も、自ずと紙の上に、また画布の上に現わされるだろう。透明なガーゼの上に現わされた対象の敷写しの助けを借りるという彼女の方法は、デッサンの暗礁ともいえる省略の理解を画家へ教え込む。それは省略の異常な点や、理解しにくいところについて、画家を慣らす。つぎに敷写しのデッサンを記憶で学生に繰り返させる、こうして初心者に対して、その困難さに絶えず親しみを増させていくようにするのである。すなわちこの実習は、理解によって支持されていて、同時に学生に構図の初歩が与えられるのである。構図は、もし記憶によるデッサンが欠けたなら、彼にはつねに閉ざされていなければならないものである。
これに似通った考えから、肉眼の錯誤を、 写真版 を補助方法として利用することに、多くの画家は一致してきたのである。私はーー多分ガーゼやガラスの敷写しの方法を採る教授法を遵奉する人々に反対してーー写真版の研究は、正しく理解されるなら、デッサン教育の欠陥を補うまったくただ一つのものであるという点においては、彼らに同意を表するものである。しかし、まずこの方法は、これを用いるのに非常な経験を必要とする。写真版は敷写し以上のものであり、それは対象の反映である。デッサンの場合に、ほとんどつねに等閑に付せられているある細部が、この機械では、その性格的な意味を保持してくる、こうして画家は、構造についてのある種の完全な知識を得るのである。写真版においては、光と影とがその実際の価値、すなわちそれぞれに適している堅さと柔かさとを持っている。これは実に困難な識別であって、これがなくては、対象のいかなる空間的印象も不可能である。しかし写真版とは、自然の秘密の内へより深く我々を導く役目をもった、一人の翻訳者としてのみ考えられるべきである、そのことは忘れられてはならない。その多くの部分における驚くべき真実にもかかわらず、それは現実の単なる映像にすぎず、また模写であることに止まっており、まさにそれがかくも精密であるがゆえに誤っているといえる。この機械が示す怪物は、実際の自然であるにもかかわらずやはり衝撃的である。とはいえ、機械が忠実に再現するこれらの欠陥は、この機械の媒介なしに我々がモデルを観るときには驚きを与えない。肉眼は無意識に、厳格な遠近法の撹乱的な精密さを修正するのである。眼にはすでに、賢き画家の要求に備えるところがあるのである。「絵画にあっては、精神が精神へと物語り、知識が知識に話しかけるのではないのです。」カヴェ夫人の言葉は、文字と精神とのあいだに起こった古い論議に触れている。そして、写真版を、助言者として、一つの辞典として利用するのではなく、そこから絵そのものをつくる画家たちを裁くのである。彼らは、彼らの絵画によって、機械的作用によって得られた結果を、できるだけ損ねないように努力していけば、より一層自然に接近し得ると信じているのである。金属板上の、ある効果のその到達しがたい完全さは、彼らに打ち勝っているのである。彼らがそれに接近しようと骨を折れば、いよいよそれだけ彼らの弱点は暴露されるだろう。こうして彼らの作品は、ほかの点で不完全な一つの模写の避けがたい誤謬を含んだ反復となるのである。そして画家は、ほかの機械によって導かれている一つの機械となるのである。
写真版の事実は、私にカヴェ夫人のつぎの章句を思い起こさせる。「これよりむずかしい問題はないのです。話したり動いたりしている一人の人は、黙って静止している一つの肖像のような不完全さを示しません。人々はその肖像を、いつもあまりに度々観すぎています。その本人を十年間かけて観るよりは、一日のうちにその肖像画をずっと余計に観てしまうのです。それは人々が気づかずにいたような細部に対する観察を鋭くさせるのです。こうして人々はしばしば一つの肖像画の前に立って言います。「似ている。けれど鼻がすこしひくい……」人々は今度その肖像画に描かれた本人に会うのです。そうして言うのです。「君の鼻がひくいことには気が付かなかったよ。君の鼻は実際馬鹿にひくいのだね……」
この章句は、肖像画家の仕事がいかなるものでなければならないのかを示しているのである。その仕事は、肖像画を下級の種類の芸術として考えている通俗な見解に反して、より高き、そして徹底的に決定された能力を多分に要求しているのである。人々は画家の巧みさとは、モデルの有する欠点を減少させつつ〔本人を〕彷彿させるところをあくまで保持することを目指さなければならないと理解している。カヴェ夫人がこの難点に対する方法として与えているものは、正しく簡潔で目ざとい。率直に言えば、ある種の特徴は、その特徴を損ねることなく修正したり美化することができるのである。
「頭の特質的な点を研究なさい。頭を観たとき、最も初めの 一瞥 で我々の印象にくるものを、認識するようにお努めなさい。この本能を生得している人々は、デッサンができないうちに、よく似た肖像をつくるものです。わたくしは、味方がそれに気に入り、敵もそれがよく描きすぎていると言えないような場合に、一つの肖像画を似ていると言うのです。このことがそう易しいことだと思わないでください。よい肖像画家というものはたくさんいるものでしょうか。大きな才能を有しつつ、同時に似せて描くという力量をもっている画家のことを考えても、そうした人はきわめて少ないわけではありません。たいへん簡素なデッサンの肖像が、往々労作的な油絵の肖像画よりもはるかに似ている場合が少なくありません。それは、誰でも認めるその原像の特質を描きこむのに成功したからです。あなたがたは、あなたがたのお友達の眼の色をご存じですか。ご存じないとわたくしは思います。ーーこう言えるのです。わたくしどもはお互いにたいへん皮相的にしか観ていない。そこで、肖像画家は、わたくしどもが観慣れている以上に描いてはいけないのか、という問題がくるのです。写真版の助けを借りてつくった肖像画を観てごらんなさい。百に一つも我慢のできるものはないものです。なぜでしょう。一つの肖像画がわたくしどもを感嘆させ、喜ばせるのは、そこに描かれた容貌の模範的な点ではなく、その顔のもつ表情、人相なのですから。人々にはこの人相というものがあるのです。我々は、それを一目観てつかむのです。そして、機械には、これを決してつかむことができないのです。描かれる人や物の精神を理解し再現すること、それがなによりも価値のあることなのです。精神には、無数の異なった側面があり、多種多様の感覚と同じくらい多くの顔があるのです。一つの鼻と、一つの口と、二つの眼によって、ここまで異なったさまざまな顔をつくられるのは、主のすばらしい奇跡です。百の顔をもたない人がいるのでしょうか。今朝のわたくしの肖像は、夕方のわたくしのとは違い、明日のものとも同じでありません。決して繰り返さないのです。それぞれの瞬間が、一つ一つの実情をもたらすのです。」
この論議の全般にわたって書くことは、私の意図ではない。この論議の特徴は、その実に簡明な点にある。いろいろな問題をあっさり咀嚼しながら、彼女は、学生のみならず教師にとっても重要な、あらゆる問題に触れる。たとえば、正しい立脚点を選ぶ方法について、光と影との配分について、そして最後に構図に関して学び得る一切の事柄について、である。すべてが簡潔に語られている。構図について論じながら、ほかの一切の事がらを総括している部分では、また画因の選び方についての配慮に論及している。カヴェ夫人は、その論旨をただ婦人たちにだけ述べようとするよき趣味をーー優れた謙遜と称してもよいがーー有するがゆえに、とくにこの論及は重要である。私はここに、夫人の忠告を男性も大いに利用しえること、誤りがないことを言い添えたい。自分自身の本質に適さない画因を試みようとする熱狂が、すでに今日まで幾多の才能ある画家を誤らせてきた。才能を作品の大きさによって測るという謬見をもつ者は、絵画についてなんの教養もない人々だけに止めておくべきだ。フランドルの人々の、またオランダの人々の傑作を理解し、これを賛美するような画家たちが、それに似た大きさで自分たちの巧みな作品をつくろうとしたところで、どうやって満足しえるのだろうか。カヴェ夫人は書いている。「人々が描き、また彫刻する事物のあいだには、なんら階級的差異というものはありません。ただ描く人、彫る人の力のなかにのみ、その差別が生じてくるのです。最も重要な勧告、すべての教育の最も大切な出発点とはほかでもない、あなたの生徒がどのような本質を有しているかを見極めることです。今日では、芸術家はミルネヴァの意志に反してつくられます。その天性について最少の考慮も煩わさないで、人々は、『君は陶工になるだろう』、『指物師〔家具職人〕になるだろう』というのとまったく同じように、『君は画家になれ』、『彫刻家になれ』と若い人々に向かって言うのです。ただ天才のみが、青年に向かって『君は芸術家になる』と言えることを、人々は忘れているのです。古代においては、そうではなかったかと思われます。」
「この河の流れをごらんなさい。」とほかのところで彼女は書いている。「自然が彼に掘り与えた 河床 が、いかに愛をもって流れ下っていくのかを。彼の曲りくねった流域が、どんなに新鮮さと豊かさとをもたらすのかを。道すがら出会う小川から、いかに彼はとり入れるべきものをとり入れて、そうしてついに海のほとりに来て、力強く高くひるがえる怒濤となるのかを。これが天才の肖像です。天才は、彼の自然的傾向に、率直にしたがいます。一切のものがみな借りものと苦しみとに変わる凡庸な芸術家ではそうはいきません。たいへんな努力を費やして岩石だらけの山々を掘り開いてつくられる運河に、彼らは似ています。彼らは近くの河から水をもらわなければ、決して水をもてないでしょう。そこには偽りの流れがあるのみです。生命もなく、美もないのです。」
気の向くままに引き抜いたこれらの引用によって、諸君は、私の企図がいかに容易な仕事であるかが分かるだろう。この書の内に、ここかしこに節度をもって配されている、確証され、簡潔に書かれている説述は、多くの教えと、素材の取り扱い方法をめぐる一つの概念を与えている。こうした教えが、豊かに、明確に捕捉されている著作を完全に分析するのは困難だろう。我々は著書が読者に示しているこの簡潔な真理を、ただほかの言葉によってのみ繰り返しえるにすぎない。カヴェ夫人は、その生徒である婦人たちに向けられた易しい言い方をもって、画家たちに高い程度の反省と考慮を与えるような、すべての種類の思想を捧げている。
私はさらに、古代の大家の研究の利益についての彼女の観察を述べようと思う。偉大なる師たちの種々異なる卓越についての著者の思想を手短にいえば、私にとっては、幾巻の書を満たし、しかも決して解決されなかった一つの重要な問題の解決をもたらすように思われるのである。ある一方の人々にとって、美は直線から成立し、またある他方の人々にとって、美は曲線から成立する。しかしカヴェ夫人は、讃嘆すべきなにものかがあるようなところすべてに、まったく率直に美を見出した。この美そのものこそ、ここでの関心事なのである。種々な流派の偉大なる師たちを展望したあとで、カヴェ夫人は書いている。「偉大な人々のあいだにある差異を研究なさい。あるものは一流に属し、あるものは二流に属します。しかし、すべてのものにみな美があり、すべてのものに教えられるべきものがあるのです。それゆえにわたくしは、すべて 偏頗 を警戒します。多くの画家たちが、ただ一つの種類にだけに誓いを立て、ほかのすべてのものを呪詛することで亡んでいきました。我々は、それらすべての偏執を捨て、研究すべきなのです。そうすることで我々は、我々の個性を守るのです。なぜなら、我々は、どんな大家の従者にもならない決心をしているのですから。すべての大家の弟子たるものは、一人の大家の弟子ともなりません。こうして彼は、受け入れた教えの総量から、彼自らの財宝をつくるのです……。この人はもはや一人の大家です。この大家は自然を細部にいたるまで研究しようとしています。ほかの人々は、ただ風光明媚な効果や壮大な風景を求めていたにすぎません。ある画家たちは歴史画家として、多くの記憶すべき過去の出来事を描きました。またある画家たちは彼らが眼の前に観た日常茶飯のものごとを率直に、そして無邪気に描いたのです。あるものは詩から創り、またあるものは真実から創りました。パオロ・ヴェロネーゼは惜気もなく空気と光を撒き散らし、レンブラントはその深い神秘の明暗のなかに包まれています。一切のものはみな相異なっています。しかしみなすべてが自然のなかにいます。ルーべンスの描いた女たちは、ティツィアーノやラファエロの描いた女たちに似ていない。それは、オランダとイタリアの女たちのあいだにある差異によるのです。そればかりではありません、同じ一つの国においても、ティツィアーノ、ラファエロ、ヴェロネーゼと、その画風によって分かれているのです。めいめいが趣味をもち、愛好するところを有していたのでしたから。それぞれが、女たちを愛したとおりに描きました。誰も誤ってはいなかったのです。めいめいが、彼が観たように美を描きました。」
この明快で賢明な章句の印象は、諸君に委ねることにしよう。ここに私が考察を付け加えることはない。これらの章句は、私の結論に役立つだろう。それに、偉大な師たちの多種多様な特質についての理解に、とりわけ、数多の哲学者たちを不眠に追い込みながらも稀有な人々からは容易く見出された、かの有名な美についての議論に結論をもたらすことにも役に立つはずだ。
〔ウジェーヌ・ドラクロワ〕
訳注〔青山民吉による〕
「デッサンについての数ある教えのなかで、何ものか教えるところのある最も初めのもの」とは、カヴェ夫人の著『デッサン独修(ルビ:デッサンサンメートル)Le dessin sans maître, par Marie-Élisabeth Cavé を指す。そのほか文中に散見するカヴェ夫人に関するところはすべてこの書に拠っている。ドラクロワはこの評論を1850年エムスで療養中に書いた。
1850年3月16日の彼の日記に書かれている。『カヴェ夫人が来て、自分にデッサンについての彼女の著作を読んでくれた。それは創意に満ち、簡潔であり魅力あるものである。……私はそれを考えて喜び、私の思うところを物語ったりした』同じく7月18日のところでは、『私は今日のあの著作によって与えられた種々な思いにすっかりふけってしまった。それは私にはたやすいことと思えた。もし私に必要に応じて筆を執れる力があったら、私は一息でそれを書いてしまったと思う』『それを私は明日書こう…….しかし、このよろこばしい熱情も冷却してしまった。それにはインスピレシオンを意のままに見出しえることが、バイロン卿のように必要だったのだ。多分私はそれをうらやまなくていいのだろう。なぜなら絵というもののなかに、私はその、その力をもっているのだから、文筆の仕事が私のエレメントでないにせよ。また私がそれをまだこころみないとしたところで、私のたましいは、あの小さい黒い斑点でいっぱいになった紙を観たのでは燃えない。私のタブローを、あるいはただ私のパレットを観ただけで燃えるのだ。私のパレットは新しく準備を整え、私の熱情に火をつけるのに充分なのだ。』
カヴェ夫妻はドラクロワの交友の間にあった。(一三・一二・三)
ARCHIVE編集部訳注
WEB上での可読性に鑑み、旧字・旧仮名遣い・旧語的な表記・表現は、たとえば以下のように、現代的な表記・表現に改めた。
「予」→「わたし」、
「素畵」→「デッサン」、
「〜えんとする」→「〜ようとする、
「〜なき」→「〜ない」、
「かかる」→「関する」or「こうした」、
「〜如き」→「〜ように」、
「プロメトイス」→「プロメテウス」etc.)。
また、適時句読点を打ち、内容・文意は変えず、形式的な範囲において表現・文法上の割愛(ex.「所の」etc.)・補足(助詞の追加など)を施し、一部漢字にルビを振り、誤字・脱字(ex.「行ない」→「言えない」、「喜びをもつと」→「喜びをもって」、「ウオタァ、スコツト」→「ウォルター・スコット」etc.)は直した。〕
散見される誤訳箇所は、できる範囲で原文と照会して直した。主要な箇所は以下のとおり。
「しかも偉大な風景たるやいたるところにある、とは行ないのである。」→「しかし偉大な風景画家たちがいたるところにいる、とは言えないのである。」
「ローマの兵卒はズボンをはいた、それだけ自然の穀という感じによほど近い。」→「ローマの兵卒はズボンをはいていたが、その点ではスコットランド人のほうが自然な服装により近い。」
「それが実際の自然であるのにもかかわらず、その過度の廊大はかえって反対的に作用するということは正しいのである。機械の媒介によらないで我々がモデルを観る場合には、機械が忠実に再現するその欠陥は我々をさまたげるところがない。」→「この機械が示す怪物は、実際の自然であるにもかかわらず、やはり衝撃的である。とはいえ、機械が忠実に再現するこれらの欠陥は、この機械の媒介なしに我々がモデルを観るときには驚きを与えない。」
「「ある顔は、」我々は静かに言おう、「その性格的なものを損ねずにこれを変え、これを美化することができるのである。」」→「率直に言えば、ある種の特徴は、その特徴を損ねることなく修正したり美化することができるのである。」
「夫人の忠告を人々が大いに」→「夫人の忠告を男性も大いに」
「作品の大きさによってその価値を誤るという謬見すら、絵画についてなんの教養もない人々にとっては信じられていなければならないことも、また正当なのである。」→「才能を作品の大きさによって測るという謬見をもつ者は、絵画についてなんの教養もない人々だけに止めておくべきだ。」
「この大家は自然を、最も小規模にもっているものから自然を受納したのです。ほかの人々はただ絵画的作用を、偉大なるものの衝動を求めたにすぎなかったのです。」→「この大家は自然を細部にいたるまで研究しようとしています。ほかの人々は、ただ風光明媚な効果や壮大な風景を求めていたにすぎません。」
「私はこの明快にして理路正しき章句の印象のもとに諸君を招いたが、さらに私の思想によってこれに追随することは断念する。これらの章句が、私の結論として役立ってくれることを望む。またこれらの章句が、幸いに諸君を導き、偉大な師たちの多種多様な特質についての理解に、そして、数多の哲学者たちの眠りを奪いながらも、ほかの稀な人々からは思索することもなく見出された多義な美の一致に到達させることも、その望みには含まれている。」→「この明快で賢明な章句の印象は、諸君に委ねることにしよう。ここに私が考察を付け加えることはない。これらの章句は、私の結論に役立つだろう。それに、偉大な師たちの多種多様な特質についての理解に、とりわけ、数多の哲学者たちを不眠に追い込みながらも稀有な人々からは容易く見出された、かの有名な美についての議論に結論をもたらすことにも役に立つはずだ。」