KANTO:「水の博物館」は、私たち自身の生活の場である、武蔵野の水環境の変遷をたどろうとするリサーチ・プロジェクトです。私たちは、自然との接点を失いかけているこの地から、環境と人間のつながりを考えてみたいのです。
そのきっかけになったのは、この地域でも近年表面化しているPFAS問題でした。環境と人間の負の接点である公害に目を向けると、そこには環境と人間がどうしようもなく結びついていることが、逆説的に示されています。
そこでまず、この問題の第一人者である原田浩二先生に、基本的なことをお伺いしたいと思います。先生は、多摩・武蔵野エリアのPFAS汚染の実態を、水質と血液の両面の調査によって明らかにされてきました。
そもそもPFASとは何なのでしょうか。
永遠の化学物質「PFAS」とは
原田浩二:もともとPFASは「ペル・ポリフルオロアルキル物質」という用語の略称で、少なくとも4700種類もある有機フッ素化合物の総称を指します。「フッ素がたくさんくっついた有機物」、という意味です。
有機物には、炭素や水素などが含まれていますが、この水素をフッ素に置き換えると有機フッ素化合物が生まれます。そのなかでも特に多くのフッ素が結合しているものが「PFAS」と呼ばれているのです(ちなみに、「フッ素」と聞くと、歯磨き粉などに含まれているものをイメージされる方もいらっしゃると思いますが、それらは炭素と結びついていない「無機」のフッ素化合物なので、PFASではありません)。
PFASは、天然には存在しません。人間が作り出した人工化学物質です。わざわざ作り出したのですから、それには産業・商業に使用する目的があります。PFASには、化学的に安定していて壊れにくく、ほかの物質となじみにくいという特性があります。そこから、摩擦を減らしたり、ほかのものとくっつかないようにするという工業的な用途が生まれました。実際、PFASはさまざまなところで使われてきたのです。
PFASが使用されはじめたのは、いまから80年以上前、1940年代からのことでした。身近なところでいえば、撥水加工がその一例でしょう。水や油、雨や汚れを付着しにくく、拭き取りやすくする撥水加工は、PFASのこうした性質を利用したものです。カーペット、テーブルクロス、スキーウェア、レインコートなど、日常的に汚れる可能性のあるものに加工されていることが多いです。
PFASの作り方によっては、それとは逆に、水にもなじむ性質を持たせることもできます。油と水を混ぜ合わせる石鹸のような製品もできるのです。その一つが消火剤で、1960年代からは、航空燃料が燃える可能性のある空港や基地に配備される泡消火剤が開発・使用されるようになりました。
こうした経緯により、世界各地でPFASは利用されていったのです。
生態系汚染の発覚
PFASのなかでも代表的なものが、PFOAとPFOSです。どちらも初期から生産され、生産量も多く、使用期間も長いものでした。1948年、アメリカの世界的な化学会社・3M社によって開発されました。二種類のPFAS関連製品で年間数百億円も売り上げていたとされています。その3M社ですが、2000年5月に突如、2002年までにPFOA・PFOSの製造を中止すると発表したのです。
どうしてでしょうか。
さきほど、PFASは「安定していて壊れにくく、ほかの物質となじみにく」いと述べました。PFASには難分解性、つまり「分解されにくい」という特性があります。多くの有機物は、最終的に水と二酸化炭素になって自然界を循環しますが、PFASは環境中で分解されずに、いつまでも残留しつづけます(そのために、PFASは「永遠の化学物質」とも呼ばれています)。
このPFASが、使用・廃棄される段階に環境中に広がるとどうなるのか。いつまでも環境に残るわけですから(環境残留性)、野生生物や人体にも溜まりやすい(生物蓄積性)。そこから生まれるさまざまなリスクが懸念されていたのです。
3M社は、1990年代には、すでにPFASによる生態系汚染を把握していました。世界中の海棲生物の血液や肝臓から——環境汚染の影響がおよびにくいとされていた北極・南極の動物からも——、PFOSが検出されていたのです。それが将来的な経営リスクになると判断したわけです。その後3M社は、2025年までに、すべてのPFASの製造からも撤退を発表しました。
国際的な規制の流れ
3M社の自主的な廃止だけでなく、国際的な規制の流れも動きます。PFOSについては、2009年にストックホルム条約(残留性汚染物質の規制に関する国際条約)で指定されて以降、ほとんど製造できなくなりました。2019年には、もうひとつのPFOAについても、おなじような制限がかけられました。
欧米では、2000年代からさまざまな規制値が設定されてきました。たとえば、アメリカでは、環境保護庁(EPA)が、2009年に飲料水中のPFOS・PFOAの目標濃度をそれぞれ200ng/1L、400ng/1Lに設定し、2016年には——PFASを投与したネズミを使用した実験を基に——70ng/1Lに再設定、その後、2024年には4ng/1Lに決定されます(2022年の暫定勧告では、PFOSは0.02ng/1L、PFOAについては0.004ng/1Lにするよう勧告されていました。「ほぼゼロにしなさい」を意味する極限値です)。
「ng(ナノグラム)」とは聞きなれない単位ですが、どのくらいの重さなのでしょうか。1gの1000分の1が1mgですが、この1mgの1000分の1が1μg(マイクログラム)です。この1μgをさらに1000分の1にすると「ng」になります。1gの10億分の1という、非常に少ない量です。プール一面に塩粒を数粒混ぜたら「ng」になる、といわれるくらいです。
これほど少ない量でも、管理・減少させなければならないのが、PFAS——なかでも代表的なPFOSとPFOA——なのです。ただ、PFOSとPFOAの規制だけでは十分ではありません。PFASは「有機物」だと前述しました。有機物は炭素をつなげてつくられますから、組み合わせは無限にあります。実際、これまで生産されたPFASだけでも、4700種類もあるとされています。規制がかけられているのは、そのなかでもごく一部だけで、それ以外はいまでも生産されつづけています。PFOS・PFOAより毒性が低いPFASだとしても、環境に残留し、生物に蓄積していくことは変わらないわけですから、量が積み上がればリスクも増えていきます。
アメリカやヨーロッパでは、絶対に必要なもの以外はPFASを使用しない方向に進んでいます。アメリカのいくつかの州やフランスでは、代替物質がある場合はPFASは使用しないようにする法律等を制定しています。ヨーロッパ全体でも、将来的には全分野で代替物質に切り替えていくべきだという提案が進められています。
日本は、PFAS汚染が世界的な問題になってからも、明確な目標値を設定してきませんでしたが、2020年に、厚生労働省によって水道水に含まれるPFAS暫定目標値、環境省によって河川と地下水に含まれるPFAS暫定指針値が定められました。
そこで「PFOSとPFOAの合計が50ng/1ℓを超えない」とする目標値が定められました。これは、前述のアメリカの指針(70ng/1ℓ)を日本人の体格に合わせて定めた数値でした。ただ、当のアメリカが4ng/1ℓに定め、国際的な規制がどんどん厳しくなっているなかでは、やはり、「50ng/1ℓ」という目標値は、ひとつ前の時代の数値になってしまっているかもしれません。リスクや毒性の評価については、再検討する必要があるといえるでしょう。
ヒトへの健康リスク
そもそもどういった経路で、PFASはわたしたちの身体に摂取されるのでしょうか。
すでに環境中に広く行き渡っているため、たとえば、食べ物などに蓄積していたり、海産物に含まれていたりしています。あるいは、水道源が汚染されていれば、水道水から摂取されますし、PFASを含む製品を使用していれば口や皮膚から少量ずつ摂取される恐れがあります。つまり、わたしたちは、日常生活のなかで、様々な経路から少量ずつPFASを摂取しているのです。
PFASは(種類にもよりますが)、なかなか体の外に排出されず、長期間にわたって体内に蓄積します。そこから、健康にさまざまな影響を及ぼす可能性が懸念されています。
たとえば、動物実験では、肝臓への影響が生じることが確認されています。肝臓というものは、体の外からやってきたさまざまな異物を処理するような臓器です。PFASが対外から摂取されると、肝臓はなんとか処理しようとするのですが、分解されにくいため、肝臓に障害を与えてしまうのです。肝臓は脂質を合成するところでもありますから、血液中の脂質にも影響を及ぼすことになります。また、子供の発育への悪影響や、発がん性も指摘されています。
2000年以降、PFASの問題点が明らかになるにつれ、徐々にヒトでの調査も行われてきました。たとえば、血中PFAS濃度が高い人と低い人でどれほど違いが生じるのか、といったことが調べられてきたのです。
その結果、血中PFAS濃度が高い人では、子どもの出生時の体重が低下したり、大人の血液中コレステロールが上昇したりする傾向が確認されてきました。動物実験で認められてきたものと、おなじような結果が出てきたわけです。
それ以外にも、ホルモンを分泌する甲状腺に関する疾患にかかる割合が増加したり、子どもの免疫力が低下したりする傾向も指摘されています。子どもの関連でいえば、流産のしやすさや妊娠のしにくさとの関連性を示唆する海外研究も出ています。日本でも、環境省がおこなっている全国規模の疫学調査(エコチル調査)で、血中PFAS濃度が高いと、生まれてきた子どもの染色体異常の割合が高くなる、ということも報告されました。
ちなみに、血中PFAS濃度が高い人がかならずそうなる、あるいはただちに影響がでてくる、というわけではありません。なりやすくなる、ということです。だからこそ、将来的に起こるかもしれない健康リスクへの対応が必要になるのです。個人でもできるリスク対策としては、浄水器の設置が有効でしょう。水中の有機物を取り除く活性炭が新しければ、大部分のPFASを除去できます。
武蔵野の水とPFAS
日本でPFAS問題が社会的に注目されるようになったのは、つい最近です。
きっかけのひとつは、2016年の沖縄県の水道調査で、比較的高いPFAS濃度が明らかになったことでした。ただ、この濃度をもとに一体なにができるのかといえば、国に目標値がなかったため、基本的になにもできなかったのです。ただ、沖縄県では、当初から独自にアメリカの目標値を参照し、PFAS濃度を下げる対応をしていました。
2019年には、その水道水を飲んでいた県民への影響を調べるために、京大で、沖縄県宜野湾市の住民の血中PFAS濃度の調査を行いました(2022年にもう一度検査を行っています。このときは、300名以上の血液を分析しました)。
それ以降、全国的にも、目標値の設定を要望し、検査を開始する動きが広がっていきました。
2020年、(アメリカで2016年に目標値が設定されたことにつづいて)日本でPFASの目標値が設定されたことで、東京都でも、多摩地域の地下水のPFAS汚染問題が浮上しました。同年1月、「それまで水道水用に使用してきた地下水は今後は使用しません」という報道も出たことも大きかったでしょう。このときは、水道水の水源として地下水を使用する割合を下げ、河川水を供給するという方策がとられました。
2023年には、京大が、市民と共同で多摩地域の水質調査を行っています。浅井戸と深井戸を区別して実施したこの調査では、複数の浅井戸から採水した地下水から、高濃度のPFASが検出されました。浅いところで高濃度に検出されるということは、その周辺に発生源があることを示します。エリアでいうと、立川市の西側で最大の濃度が検出されていました。一方、深井戸から採水した地下水を分析したところ、とくに国分寺市周辺から、高いPFAS濃度が検出されました。地下水の深くから汲み上げる深井戸の濃度が高いということは、やはり上流のほうに発生源があることを示唆しています。
このときの調査から、立川市の西側から地中に浸透していったPFASが、地下水の流れに沿って東部へ広がっていき、国分寺市の深いところまで移動している様子がわかりました。
発生源と思われる地点の付近にあるのは、在日米軍・横田基地です。ここでは訓練等でPFASが含まれる泡消火剤を使用していた履歴がありますから、それが大きな影響を与えた可能性は十分に考えられます(PFASの発生源自体は、複数考えられます)。補足すると、立川周辺(浅井戸)ではPFASのうちPFOSが多く検出され、国分寺周辺(深井戸)では、PFHxSが検出されています。二種類のPFASがべつの場所で検出されている理由は、PFHxSのほうが土壌に浸透しやすい分、地下水の流れに沿って早く移動しているからです。
立川周辺で検出されたPFOSは、大部分がいまだそこに残っていることが考えられます。これが流れ切るには、相当長い時間がかかるでしょう(多摩地域の地下水のPFAS濃度が高いという事実そのものは、2000年代後半から調査によって明らかになっていました)。
多摩地域の血液のPFAS問題
PFAS汚染が発覚した地下水は、水道水源から外れることになります。しかし、今度は、長年その水を飲んできた人々への影響が問題になってきます。地域住民たちが、血液検査を実施する動きをみせはじめました。
多摩地域でも、沖縄県と同様の血液調査が行われます。2022年11月から2023年6月頃にかけて、30市町村の住民の協力のもと、京大で血液のPFAS分析を行いました。その結果、地下水汚染が激しかった国分寺市の住民の血中PFAS——とくにPFOS——濃度が高いことがわかりました。全体としても、北多摩地域の住民が、西多摩・南多摩の住民より濃度が高いことが判明しました。つまり、水道水にPFASが多く含まれている地域では、住民の血液中にもPFASが多く含まれている、水源を切り替えてもその影響は残っていたということです。
科学と市民の共同調査
いまお話したようなここ数年の調査は、市民の方々と一緒にやってきました。
こうした環境問題に限らず、地域にある様々な問題に気づくのは、やはり地域の住民なんです。かれらが独自の問題意識を抱いて、いろいろなことを調べていくのですが、化学物質の問題となると、どうしても前に進まなくなってしまう現状があるんです。かれらは、まずは行政に化学物質の調査を要請するわけですが、行政としても、それに法律的な位置付けがないと、なかなか動きません。
「それなら、自分たちで独自に調査していこうじゃないか」というときに、わたしのところに協力要請がくるのです。わたしとしても、各地域ごとに異なる環境問題の現実に、どう対応していくかについて、協力したい思いがあります。
問題があるとしても、それを調べなかったら「ない」ことにされかねません。それでは問題の解決になりません。わたしとしては、分析を通して、できるかぎり問題解決に協力したいと考えています。各地域の調査には、科学的な意義もあるのです。
市民による調査、市民による科学は、市民の目線から地域の課題を解決していく上で重要です。こうした運動は、海外ではよく見られるのですが、日本でも広がっていく必要があるでしょう。