EXHIBITION

水の博物館

KANTO

佐藤浩一 + ARCHIVE

January 11th, 2025 - February 9th, 2025

Image: KANTO, “The Musashino of Today”, 2025.

EXPLANATORY|SPECIAL NOTE

本稿は、KANTO(佐藤浩一+ARCHIVE)による「水の博物館」展(トーキョーアーツアンドスペース本郷 + 東京都水道歴史館)に関連して収録された。

BIBLIOGRAPHY

著者:KANTO(佐藤浩一 + ARCHIVE)
題名:水の博物館
初出:2025年1月11日

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水の博物館
KANTO(佐藤浩一 + ARCHIVE)
 
作家自身の生活の拠点である多摩・武蔵野の水環境の変遷をたどるフィールドワークと、環境と人間の相互作用に関するリサーチをもとに、映像作品および資料をインスタレーションとして展示し、エコロジカルな諸問題を、どこか遠い場所ではなく、私たちの生活圏の中で思考することを目指す。また、関連展示として近隣の東京都水道歴史館のライブラリーでは多摩・武蔵野の自然や水環境に関する資料を紹介する(TOKASのWEBサイトより。トーキョーアーツアンドスペース)。
 
OPEN SITE 9「水の博物館」
会期:2025年1月11日(土) - 2025年2月9日(日)
会場:トーキョーアーツアンドスペース本郷(〒113-0033 東京都文京区本郷2丁目4-16)
会場:東京都水道歴史館3階ライブラリー(〒113-0033 東京都文京区本郷2丁目7-1)
主催:公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都現代美術館 トーキョーアーツアンドスペース

展示ステートメント

KANTO(佐藤浩一+ARCHIVE)は、ビデオ/インスタレーション・アーティストの佐藤浩一と、さまざまな言説の公共化をはかる「ARCHIVE」(代表:岡村皓史)を中心に、関東地方の自然環境、歴史、産業、芸術に関するリサーチを展開するプロジェクトです。
 
KANTOは、とおくはなれた場所でなく、わたしたちの生きるこの地から、エコロジーを思考することを目指しています。その最初の実践になる「水の博物館」では、佐藤・岡村自身が居住する、東京は「武蔵野」の水の変遷をテーマに重ねてきた、識者へのインタビューや文献・環境調査の実施、各地へのフィールド・ワークとフィールド・レコーディングなどのリサーチを展開しています。
 

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日本最大の平野・関東平野にある武蔵野台地は、水が染みこみやすい地質のため、豊かな地下水と湧き水を湛えています。大河川がなかったために、人々は上水を引き込み、井戸を掘ることで、生活の水をまかなってきました。
 
その歴史はやがて、都市でも田舎でもない、人間と自然環境が折り合った「郊外」をかたちづくります。明治時代には「風景」の生誕地にもなりました。国木田独歩の『武蔵野』や不同舎の画家による写生画に描かれた武蔵野には、花鳥風月や名所とは異なる、近代の風景が描かれています。
 
しかし、その風景は、戦後の急速な開発によって失われることになります。いまではそのほとんどが、宅地などの人工物で覆われてしまいました。ここに生きる人々にとって、環境が生活にどう関わり、人間が環境にどのような影響を与えているか、思い描くことも難しくなりました。
 

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ところが、その関係は、思いもよらないかたちで示されます。
 
いまから約90年前、アメリカの化学メーカーが、有機フッ素化合物 ——「PFAS」を開発します。水をはじき、熱に強く、分解もされにくいPFASは、原爆にはじまりフライパンにいたるまで、世界のあらゆるところで使用されてきました。「永遠の化学物質」とも呼ばれるPFASは、その有用性の裏でさまざまなリスクが懸念されるようになり、いまでは製造が中止されています。
 
しかし、いつまでも消えず、環境をめぐるPFASは、いまなお各地で検出されています。
 
ここ武蔵野でも、武蔵野台地の地下水流に沿って、「永遠の化学物質」が拡散していることがわかりました。水流をめぐるPFASは、人の生活と身体に浸透し、やがて血流に合流します。武蔵野の人々の血液からも、PFASが検出されるようになりました。まるで人間が川の支流になったかのように。
 

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KANTOは、環境と人間の関係が、いまなお絶たれていないことを、負のかたちでしめすこの問題から、武蔵野の水流の変遷をたどり、自分たちの生活の場を捉え直します。そのリサーチはこれからも継続し、展示や出版など、さまざまな活動を通じて展開していきます。

クレジット/謝辞

水の博物館

資料提供:沖縄県宜野湾市、府中市美術館、株式会社地圏環境テクノロジー、原田浩二
フライヤーデザイン:加瀬透
空間監修:岡本碩也
制作協力:田中永峰良佑
技術協力:許鈞瑋
設営協力:伊藤誠一郎

 
ライブラリー 水の博物館

協力:東京都水道歴史館
選書:東京都水道歴史館、武蔵野大学むさし野文学館
資料提供:府中市美術館
展示設計・資料制作:田中永峰良佑

 
WEBサイト WATER MUSEUM

協力:柄谷行人、加藤典洋、赤坂憲雄、堀繁、篠原修、山村仁志、志賀秀孝、武蔵野文化協会、東京都水道歴史館
取材:原田浩二、小泉昭夫、竹田学、藤木千草
構成:田中永峰良佑
謝辞:五柳書院、岩波書店、講談社、日本文藝家協会、西園寺美希子、鷲尾怜、広本拓麻

展示の構造 — 表現・史料・言説

わたしたちは、先端的な表現が実践される現代美術館と、歴史的な史料が展示される歴史館と、古今の言説を収録するウェブサイトに、循環する構造を導入し、それぞれを、つぎの三箇所で展開しています。①資料・美術を展示する「水の博物館」(トーキョーアーツアンドスペース本郷〈TOKAS本郷〉)、②史料・文献を展示する「ライブラリー 水の博物館」(東京都水道歴史館)、③言説を展示する「WATER MUSEUM」(本サイト)です。
 
 

①水の博物館

トーキョーアーツアンドスペース本郷では、資料・美術を展示しています。
 
(1)資料展示

1:KANTOによる資料展示「水の博物館」

(2)美術展示

1:佐藤浩一の映像作品「流水」

 
 

②ライブラリー 水の博物館

東京都水道歴史館3階の図書室では、史料・文献を展示しています。
 
(1)史料:武蔵野の美術

1:『東洋画報』誌、『戦時画報』誌(国木田独歩と不同舎の接点)
2:「道路山水」画(鹿子木孟郎。複製。府中市美術館よりデータ提供)

 
(2)文献:武蔵野をめぐる書籍群

1:むさし野文学館との共同による文芸作品の選書
2:東京都水道歴史館による歴史書の選書
3:KANTOによる展示のレファレンス資料の展示
 

(3)散策:TOKAS本郷と水道歴史館は、本郷給水所公苑をはさんで近接しています。すこしわかりにくいものの、苑内の通路から両館を往来することもできます。苑内には、遠く離れたはずの武蔵野の痕跡が残されています。

1:伊藤邦衛が武蔵野をイメージして造園した和式庭園
2:井の頭池などを水源とした神田上水の石樋
3:多摩湖開発の立役者である中島鋭治宅の井戸

 
 

③WATER MUSEUM

本サイトでは、上記の両展示にかかる18本の言説を公開しています。風景・芸術・自然・公害という輻輳する4つの視座から、武蔵野をめぐる言説を収録しました。
 
哲学者・柄谷行人氏による初期の代表論考にはじまり、公害をめぐる「協議」が記された内部文書にいたるまで、いずれの言説も、私的な思索・制作の参照点を超えて、ひろく公共に開かれるべきものです。
 
(1)風景

1:柄谷行人「風景の誕生」
2:柄谷行人「内面の誕生」
3:国木田独歩「忘れえぬ人々」
4:加藤典洋「武蔵野の消滅」
5:山根ますみ・堀繁・篠原修「武蔵野のイメージとその変化要因についての考察」

 
(2)芸術

1:國木田獨歩「今の武藏野」(『國民之友』連載、『武蔵野』初出)
2:赤坂憲雄「国木田独歩 散策は遊民とともに」
3:山村仁志「「道路山水」と武蔵野」
4:志賀秀孝「鹿子木孟郎—明治の武蔵野と不同舎」

 
(3)自然

1:武蔵野文化協会「武蔵野の自然」
2:武蔵野文化協会「武蔵野の環境と人間」
3:吉村信吉「武蔵野の水」
4:東京都水道歴史館「神田上水石樋」
5:藤木千草「都市型自然の保護運動」

 
(4)公害

1:原田浩二「PFAS — 永遠の化学物質」
2:小泉昭夫「日本の公害と「アジア性」資本主義」
3:竹田学「日本の化学の諸問題」
4:大阪府・大阪府摂津市・ダイキン工業「神崎川水域PFOA対策連絡会議議事録」

 
上記の4つの視座は、人間の世界認識が反映される「風景」、その「風景」の根拠にあたる「芸術」(文学と美術)、「芸術」の下部構造にあたる「自然」の条件、「自然」そのものの開発の帰結としての「公害」として、連続しています。
 
確固とした自然に依拠して芸術が立ち上がり、そこから風景を汲み上げることができた近代的な構造は、現代において、自然そのものの人為的な改造である「公害」が差し込まれることで、根拠のさだまらない再帰的な構造に移行します。本サイトが全体として示すのは、武蔵野のそうした変遷です。
 
各テーマのグラフィックは、各時代にあわせました。
 
(1)近世的な武蔵野を表象した絵画

武蔵野屏風図(江戸時代)
歌川広重「不二三十六景 武蔵野」(1852年)
菱田春草「武蔵野」(1898年)
横山大観「武蔵野図」(1895年)

 
(2)近代の武蔵野を活写した素描

鹿子木孟郎「道路山水」群(1893 - 1895年。府中市美術館による提供)

 
(3〜4)現代の武蔵野を撮影した写真

佐藤浩一によるスチール写真(2024年)

 
本サイトは、多くの方々のご理解とご協力により、制作されています。ご掲載をご快諾いただいた、柄谷行人氏、故・加藤典洋氏の権利継承者、赤坂憲雄氏、堀繁氏、篠原修氏、山村仁志氏、志賀秀孝氏、武蔵野文化協会および東京都水道歴史館、また取材にご協力いただいた原田浩二氏、小泉昭夫氏、竹田学氏、藤木千草氏に厚く感謝申し上げます。
 
また、いまなお参照される武蔵野の表象研究を残された故・山根ますみ氏に、哀悼の念を捧げます。氏の権利継承者に心当たりがある方は、ARCHIVEまでご一報ください。