LITERATURE

空襲下で
平和について考える

ヴァージニア・ウルフ

『セルパン』編集部訳

Published in October, 21th 1940|Archived in April 23th, 2025

Image: “Virginia Woolf at Monk's House”.

CONTENTS

TEXT

EXPLANATORY|SPECIAL NOTE

旧字・旧仮名遣い・旧語・文語は現代的な表記・表現に改め、誤字脱字を直した。
底本の行頭の字下げは上げた。

BIBLIOGRAPHY

著者:ヴァージニア・ウルフ(1882 - 1941)訳者:『セルパン』編集部
題名:空襲下で平和について考える原邦題:爆撃下のロンドン現地報告 空襲下の思惟原題:Thoughts on Peace in an Air Raid
初出:1940年10月21日(『ニューリパブリック』誌)
出典:『セルパン = Le serpent 1月號』(第一書房。1941年。82-83ページ)

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昨日の晩も、一昨日の晩もドイツ機はこの家の上へやってきたが、今晩もまたきている。暗闇のなかに横になりながら、いつ我々を刺し殺すかもしれないオオクマバチの唸り声を聞いているのは、じつに異様な経験である。この唸り声は平和について冷静に秩序立てて考えることを妨げる音であるが、しかし神に対する祈りや讃美歌よりはずっと多く我々に平和のことを考えさせる音である。
 
上のほうには若いイギリス人と若いドイツ人が戦い合っている。守るのも人間であれば、攻めるのも人間である。イギリス婦人には、敵と戦い自分を守る武器が与えられていない。今晩も彼女たちは武器を持たないで横にならねばならない。イギリス婦人は武器を持たないでどの程度まで戦い得るだろうか。兵器や衣服や食糧を作ることによって、彼女たちは自由のために戦うことができるが、そのほかにもう一つ、祖国の自由のために戦う方法がある。それは精神をもって戦うことである。我々は若いイギリスの青年たちを助ける観念を作ることができる。
 
しかしある観念を効果的にするためには、我々はその観念を外部に発表し、それを実践しなければならない。「女は政治には一言も 容喙 ようかい できないのです」という婦人の声が今朝の『タイムス』紙上に発表されていた。事実、我々の内閣にも、責任ある地位にも、女は一人もいないし、観念を効果的にする地位にある観念の製造者たちはすべて男性である。これは我々の責任感を鈍らせる現象である。「私は精神的な闘争を止めないだろう」とブレイクは書いた。精神的な闘争とは時流に順応して考えることではなく、時流に逆らって考えることである。
 
時流は激しく大急ぎで流れる。時流は拡声器や政治家たちから言葉の洪水を流れ出させる。それは毎日、我々が自由のために戦っている自由な国民であると語っている。しかし我々が自由であるというのは本当でない。我々は囚人である。もし我々が自由であれば、我々は外へ出て踊ったり、窓のそばで語り合ったりできるはずである。
 
飛行機の唸り声はまるで頭の上の樹の枝をのこぎり で挽いているような音を立てる。その唸り声は幾回となく旋回している。と、もう一つの声が私の頭のなかで響きはじめる。それは同じく今朝の『タイムス』紙上に発表されたアスター夫人の次のような言葉である。「有能な婦人は男性の精神内に巣食っているナチズムのために抑えつけられている。」
 
爆弾が落ち、窓がガタガタと震えた。高射砲は盛んに活動している。丘の上には秋の木の葉を真似た網の下に高射砲が隠されている。その高射砲は一斉に射撃をはじめた。「夜のあいだに敵機四十四台が撃墜され、そのうち十台は高射砲によるものである」という放送が九時のラジオで行われるだろう。
 
頭の上の鋸を挽くような音はいっそう激しくなり、探照灯はすべてまっすぐに直立した。探照灯はちょうどこの家の真上を指している。いつ爆弾がこの部屋に落ちてくるか知れない。一秒、二秒、三砂とすぎてゆく。爆弾は落ちなかった。その間じゅう一切の思想は中絶し、ぼんやりした恐怖以外の一切の感情は停止した。
 
この恐怖が過ぎ去るとすぐさま、精神は本能的に蘇生して何かを創造しようとする。しかし部屋は暗いので、記憶によって創造せざるをえない。バイロイトでワーグナーを聴いたことや、ローマでカンパーニャを散歩したことなどが思い出される。友達の声が甦ってくるし、詩の断片が帰ってくる。これらの思想は、たとえ記憶の世界であろうと、恐怖や憎悪の感情よりははるかに積極的で創造的である。したがって我々はこのような創造的な感情を青年たちに味わせるように努力しなければならない。我々は幸福を作り、彼らを機械から解放しなければならない。
 
空を縦横に走っていた探照灯が、ついに飛行機を捉え、窓から見ると小さい銀色の昆虫が光のなかで旋回している。高射砲が盛んに鳴り響いていたが、間もなく止んだ。おそらく敵機が丘の向こう側に射落されたのだろう。
 
ついに一切の高射砲が鳴り止んだ。探照灯もひとつ残らず消えた。夜の自然の暗さが返ってきた。田舎の無邪気な音が再び聞こえてきた。林檎がひとつ地面に落ち、樹から樹へ渡りながらふくろう が鳴く。私はいまこのような断片的な記録を機関銃で眠りを覚まされたことのない人々に送ろうとする。

(『ニュー・リパブリック』十月ニ一日)