『ドイツ映画』誌に寄せて(1942年)
演劇、映画、文学、ラジオ、これらはすべて、我が国民性の本質中に生存する永遠なる価値の保存に役立たねばならぬ。
映画はまさに、すこぶる包括的な到達範囲を有するをもって、最も善き意味の民族芸術でなければならぬ。しかしながら、民族の芸術なるものは、民族をして感動せしめる喜びと悩みを、芸術的に表現するものでなければならぬ。したがって映画は、日々の試練を回避するがごときことがあってはならぬと同時に、また、現実に冷淡なる監督および脚本の頭脳のうちにのみ存し、この世のどこにも実在せぬがごとき夢の国に、迷い込んではならないのである。
ドイツ宣伝省の組織と仕事(1934年)
〔本稿は、もとは『フェルキッシャー・ツァイトゥング』紙に掲載された論文である〕
宣伝方法
政治的宣伝とは、一定の政治思想の宣伝を意味する。国粋社会主義の国家思想は国家を目して、血縁上の繋がりをもつ人類が、組織的にまとめられたものであるとする。ゆえに我々のいう国家の目的とは、その民族のもつ特質が定める。一国民族の文化的使命を社会生活および経済生活の基礎の上に、実現せんとすることである。そしてこの社会生活、経済生活なるものは「自分の利益よりは一般の利益を」というモットーによって導かれなくてはならない。この意味のの政治的国家観を追及していってこそ、国粋社会党宣伝の意義が了解され、かつ宣伝自体も政治的価値をもつようになるのである。
この国粋社会主義宣伝の方法については、その根本では国粋社会党内ドイツ宣伝部の発案であるいわゆる「積極的宣伝」ということを主眼としてあるが、大部分近年の色々な宣伝技術の成績に 徵 して、決定したところである。すなわちラジオ、映画、新聞などはことごとく各々違った宣伝方法を採っている。そのうえ宣伝省は事務所をもたない。ただ新聞印刷所と映画撮影所があるだけである。しかし国粋社会主義が、これを実地に行うに当たっては、やはり国粋社会党独自の見地にしたがって宣伝し、技術の上でも大いに考慮しきったし、現にまたそうである。
ラジオ宣伝
まず「ラジオ」部なるものは政権獲得前までは、政治的に技術的に、わが党のために戦う人たちに、みなラジオをつけさせる。さらにこれを党の組織に応ずるように力を尽くすのが、その仕事であった。これが相当に成功したので政権受領直後の放送局改組は、さしたる困難もなく遂行された。ラジオはいまや宣伝効果の一番大きいものとして、党内ではこの上もなく重視している。すべて党の統制はまず県からその下のサークル、最下組織の町村グループにいたるまで、運動の宣伝は全部といっていいほどラジオを通じて行われている。これは将来もっと完備するようにと準備中であるが、このほかに「ラジオ」部は全ドイツのラジオ放送機関を統制する方針である。放送機関の技術的、文化的発展をさらにさらに国粋社会主義の線に沿わせるはずである。目下意を用いているもののうちで、最も緊急を要するものは、ドイツ人の放送をもっとドイツ人にということに緊密な関係をもつものとしたい。今日ラジオに関係するドイツ人は比較的少なく、放送者の数は全聴取者の六パーセントにすぎない現状である。党はこの状態を改善すべく鋭意努力している。
新聞宣伝
「新聞宣伝部」は国粋社会党の新聞発行所と協力して活動しているが、その任務は党が重要な宣伝活動をする場合に、全ドイツ新聞を一つの宣伝機関として参加させることである。このためには一般新聞のみならず、学術新聞、業界新聞も宣伝の用に供している。こうして新聞もラジオに劣らない効果を得ている。新聞はビラやパンフレットほどの欠点はないし、直接に読者に訴えるのだからただ目下論議の中心となっているテーマのみを掲載させることにしている。政治上の利益のために書かれた政治に関する論説や、短い評論のほかのものは、第一知らせる必要もない。そして論説などが云々されない重要なことは、記事の末尾において、直接間接に宣伝の用をつとめさせている。このためには有名な人たちの警句とか日常の言葉をテキストから選び出し所を得てこれを掲載し、読者の眼に触れさせているが、これは徐々に読者を感化し、ついに党の政策に共鳴するように仕向けるためである。
映画宣伝
「映画部」は政権獲得前まではもっぱら選挙運動のために働いていた。実は一九三三年になってようやく各州に撮影所が系統的に建造されたような実状である。サークルのフィルム管理者は第一に宣伝活動の責任者となっており、責任区域の中心分子となって、区域内の映画劇場と映画組織とのあいだの連絡を円滑ならしむるようにする。県サークル、町村グループのフィルム管理者は最初五、〇〇〇人を算していたが、今日では月々若干の増減はあるとはいえ、月平均六〇〇〇人位と概算される。この管理者たちの手で獲得したものは約一五、〇〇〇人に上っている。
こうして今後まもなく開拓せらるべき余地はなくなる予定で、また一般と文化指導部の官吏との了解も本部でやっているが、このありさまでは遠からず文化管理者との協力によって全「労働者戦線」にも映画を観覧させるはずである。
国民文化宣伝
「国民文化部」はもとの文化部であった「人種と文化」部を改組したものである。政権獲得前までは、国粋社会主義党内の相互間にドイツ文化振興に協力するよう了解と準備を進めていくこと、次にこの文化に対する見解をもっていたるところで政治闘争を展開することであった。しかし今日ではむしろ、高尚なドイツ文化発展の準備がその主要任務になっている。ドイツ「労働者戦線」の活動によってようやく大衆のあいだに理解されるようになった「仕事をしない夕」は、いま党のなかに組織されようとする「仕事をしない夕のグループ」が中心細胞となって、「仕事をしない夕」を大いにやっていく予定である。いま活動しているのはこれだけであるが、ドイツ同胞の精神的向上のための闘争は特に重視されなくてはならない。
国粋社会党の宣伝はまず新しい信仰と新しい希望、それに信頼を国民から得ることである。国民社会党の宣伝の目的は、自己目的であってはならない。国粋社会党は「自分の利益より一般の利益」をという原則によって、党の高き理想のために各人は自己を犠牲に捧げよというのである。
ナチスの芸術批評禁止案(1936年11月27日)
自由主義的芸術批評を禁止する
ベルリン・フィルハーモニーにおける「国立文化院」ならびにNS(国民社社主義)協会「KdF」(Kraft durch Frennte)「愉楽による力」の年会席上で、総統兼首相を前にして、国立文化院総裁ゲッベルス氏は特に重要な現代の文化的問題について述べた。その講演は次のごとくである。〔以上、掲載誌『セルパン』編集部より〕
「私は国立文化院の第四回目の報告書および今年における芸術的、文化的社会のこの統一された各局の席上において、その組織についてよりもその実行について多くを語りうることを喜びとする。この前に私の述べた大部分のことは、大体においてまったく組織的問題と困難について尽くされたのであるが、今日、私は充分なる満足をもって、組織についてはほとんど言及するにおよばぬことを断言しうる。なぜならば、組織は強固に実現され、同時にその本来の任務、すなわち目的のための手段たることと、その努力そのものによってその偉大なる目的の達成を可能ならしめることの任務が果たされたからである。ここまでくるにはいくらかの努力を要した。今日芸術家は再び民衆のなかに立ち、国民建設の偉大なる任務のために、ともに仕事をしている。いまやいたるところにおいて、この組織の意義と目的は文化をつくることではなく、いかなる場合にも、せいぜい文化政策、すなわち文化指導を促進することにあるという認識が先鞭をつけているのである。
私は故意に、今年度の国立文化院の報告に際し、細部にわたることを避け、やむにやまざる我らの文化生活の勝利の行進を微細にわたって述べることを避けたい。なぜならば、この一つの注釈、または附随的言葉を要しないほど、公然と誰にも明瞭にわかっているからである。
国立文化院の第四次年会がいまや国民社会主義団KdFによる「愉楽による力」とともに開催されることは決して偶然ではない。実に多数の会員を擁する本院は、本来のドイツ国民をその文化欲求において、またその文化飢饉においても表示しているのである。そして我々の国家においては、国民として国民に訴え、その芸術を、国民との直接なる関係においてもたらすことが、芸術家の特別な栄誉ある任務なのである。この組織の名においてすでにその綱領は確実に築かれている。そして、人間のエネルギー、粘着力、神経に最後のものを要求する我々の時代においては、倦まざる努力によって国民に愉楽による力を仲介することは芸術家の特殊である。」
〔以下、掲載誌『セルパン』編集部より〕ここでゲッベルス氏は、適当な時期に攻撃を加えねばならぬ多くの障害や妨害に論旨を向け、それは芸術の内部的利害に対する官憲の干渉とはいささかの関係もなく、統一的文化政策戦線の保証に役立つものであるとなし、この問題の一つは、あらゆる努力にもかかわらず、依然としてかの自由主義的、ユダヤ的時代の相貌を備えている芸術批評の問題で、我々はこれを征服せんと欲するものであると述べた。〔以上〕
批評を禁止し、芸術鑑賞をもってそれに代えしめる
「今日、その永遠の苦情によって我々の文化および芸術生活の建設を、その調子外れの挽歌をもって、迫害するところの思い上がった知ったかぶりは、このユダヤ的批評の政治の魔法頭巾をかぶった子孫のみである。我々は芸術批評を芸術鑑賞の唯一の正道に還元すべき手段、その芸術批評に同時に将来の可能性を手渡すべき手段を講じなかったわけでは全然ない。これらの試みはすべて失敗したのである。もはやほかの分野で活動できぬ 筆 の苦情家の批評的集団が、いまや芸術分野において断然反動を示しているという印象をよく受ける。この分野に適時に 閂 を閉ざさねばならない。
私はそれゆえ今日の一つの告示において、批評を結局禁止し、それを芸術鑑賞、もしくは芸術叙述に代えしめんとする動機を与えられたと思ったのである。
これは決して自由意見の圧迫ではない。しかも自己の自由意思を有し、その学識、知識、技能、才能等に基づいて、ほかの幻想の創作を世に訴える者に判決を下すべき権利を有する者のみが自己の自由意見を公表することが許される。しかししばしばこれは逆である。我々は青年時代にベルリンにおいて、二十二、三歳の青年が、その批評的活動の際に専門知識や造詣の跡すらも職場に操出することができないにもかかわらず、四十歳、五十歳の功労ある、世界的に有名な芸術家に対して剣を抜いたことを経験している。彼らはその時にまず芸術作品の叙述を稽古すべきである。それもまた難事である。そして人々はそのことをまた学んだに相違ない。一人の批評家がさらに能力を持ち、それを売りつけんとする要求を持つならば、──我々は我々の芸術的生活のあらゆる範囲において、多くの有能の士を探し求め、適当な候補がないのであるから、空席のある多くの公な地位を持っている。それゆえ、今日芸術界で活動している芸術家以上の有能の士は誰でも──芸術家を批評せんと欲せば、すべからくすべし──我々はその積極的な仕事を歓迎するものである。しかしこれは他のいたるところで世論がその指導者の偉大なる建設工作をそのあたたかき支持をもって随伴しながら、芸術家が最後の犠牲となって批評の猟獣なるということには関係がない。
また芸術が批評の消滅によって損失を被ることは決してない。 似面非 大作家は、一批評家に殺されなくとも多くは遅かれ一年後には死ぬ。しかし真の大作家はその創作の自由とその芸術的栄誉の不可侵をこういう風にして保証されるべきである。我々が五十年前の時代を語ると同じこと、すなわちの真の天才が一朝の蜉蝣批評家によって苦しみ苛まれ、一部は、のみならずそのために身を砕いたということを一指も触れずに許したことと同じことは、我々の時代より五十年のなかにはもはや言えぬはずである。」
映画におけるエロティックの問題
「この関係において仔細な観察に値する第二の問題は芸術におけるエロティックの問題である。我々は数ヶ月前に、慎重な非公開の会合において幾分の怪訝を惹起した二、三の映画に検閲をパスせしめたことがある。しかも我々はこれを意識してパスせしめた。なぜならば両性が互いに一致すべき諸問題は、それが必要な趣味をもって行われることを前提とした場合は表現すべき価値があるからである。それゆえこの場合にはもはや、それは道徳問題以上に節度の問題に関する。
我々はフランチスクス僧院に生活しているのではない。健康なる時代は より デリケートな諸問題に対しても、健康なる地位を占めている。浅薄皮相の猥談、卑俗な野卑は、高尚なる感情の人間にとっては軽蔑すべきであることは自ら明らかであるが、しかし現世としての生存を肯定し、それを感情的に受け入れ、愉楽的に形成するところの強壮な、健康な肉体的愉楽は迎えられる価値がある。この肉体的愉楽は芸術においてはあらゆる時代に、耳よりも以上に眼に一致している。それは常に自由で、開放的で、慎みがなかった。その肉体慰楽からついに各偉大な芸術が発生している。その愉楽は古代美術およびその強力な造形力のデモニックな動因であり、それをもって、そしてそれによってルネサンスがこの偉大なる芸術的形成の独特な時代に勃興した。万一、我々が愚かしき、誤解的な言い回し方をもって、この芸術的創作の絶対的機能を、次第にその首を絞め、硬直せしめたならば、危険であり、嘆かわしい次第であろう。」
芸術における拙作の問題
ゲッベルス氏は次に、芸術における 拙作 に問題を扱った。プリミティヴなものがすべて拙作として排斥されることは許されない。それゆえそれは製作のみならず、その性向にも注目すべきであると述べている。
各人は一つの偉大なワグナーオペラを聴き味わうほど音楽的ではない。それでは結局彼は音楽から除外されるであろうか? 否、彼がなにかを得る別の音楽もあることで充分である。そしてこの書いた人々も国民のために功績を立てたのであるとしている。我々国民の何千年の過去は統一的な総体であって好き勝手にその成分に解体されない。誰も我々の過去の形体者に現代の尺度を当てる権利はない。カルル大王とウィドキンドは我々にとって同じように我々の歴史の輝かしき人物であると述べた。〔以上、掲載誌『セルパン』編集部より〕
芸術および文化遺産について
〔ゲッベルス〕氏はなおつづけて、「同じことが我々の芸術および文化の遺産に対しても適用される。シラーやゲーテが我々に有名無害であるから、彼らを軽く片付けんとすることは非歴史的であり、歴史的崇拝が全然不足している証拠である。シラーといえども、我々の時代にもはや何物も与えるものを持たぬ自由主義的ヒューマニストではない。彼は依然としてあらゆる時代の偉大なる詩人的天才の一人であり、我々ドイツ人は、彼を我々の時代に数えることを、感謝すべき理由がある。ドイツの芸術史と文化史を犯罪事件の叢書に分割し、ユダヤ秘教僧的な数学の力を借りて、ゲーテがシラーを毒殺したか、誰がモーツァルトを殺害したかを確説せんとすることは俗悪であり、無節操である。
これは意識無意識を問わず我々すべてがその上に立ち、我々の精神的な全存在においてそれに関与し、その中に生みつけられ、それを我々の時代にその適意の形態で一層発展させ、常に新しく表現することが我々の大なる文化的責任であるところの、我々の偉大な文化遺産に対する罪悪である。この遺産の前で我々は畏敬と感謝こそ適当している。」
芸術は指令によって生きる
ゲッベルス氏は次に芸術表現の本体に論及し、演劇術は人間生活の原則からその手材を取っているが、各個人の身分や職業の弱点を弾劾することは彼らの特権であり、その場合、感情を損ねる身分は一つもないと言い、「このなかに我々国民の芸術的表現欲が新しい道を歩みはじめている。我々の偉大なる国民社会主義者の祝典の創始事業は我々現代の文化生活の最も重要な素因の一つである。ニュルンベルクの日、ベルリンの五月一日、ビュッケブルクの農民デーは一度それを体験した者には芸術的ヴィジョンとしても忘れがたいものである。ここに無意識から、ゆえに創作的なものから、まったく明確な、現代的な、奉仕的な礼拝の儀式が発展し、一つの確固とした伝統が形成される。この伝統の充実した効力のなかに、その全性能にしたがって偉大な機会にのみ適している。そこに現れた強力な情熱は無価値なものと低く評価されることは許されない。
すべての組合祭は儀式的祝典ではない。反対にここでは虚偽の形式がただただ扇動的に非実際的に働くのみである。 吟誦合唱 もまた、無価値のものから人生哲学を作ることはできない。その場合、それは原始への逆転に過ぎぬ。かくては常に伝統は発生するものでない。ここではまた、故意ならぬもの、成長したもの、成立したものが永遠的、不変的なるものである。
芸術は指令によって生きる。それゆえ個人がなお指令に復帰していない時代においては、芸術にその保護奨励の手を与え、才人を探し出し、彼らに上達の道を容易ならしめることは国家の事務でなければならない。
我々の時代以上に偉大なる芸術的任務を定めた時代はなかった。しかし芸術家はその任務を占有せねばならぬ。すべて彼らは協力すべく召喚されているのである。彼らはいま国家とその理想とともに合生し、もはや時代と相容れざるものではない。国家はその文芸保護者である。芸術家の年齢に対しても策を講じなぜればならぬ。強力なシラー記念基金の保護、「 芸術家謝恩 」財団のための二百万マルクの給与指定、創作家のための養老疾病扶養の着手等は、全ドイツ芸術家を包含すべき大規模の社会工作の手始めに過ぎぬ。ここに目下の芸術指導自体とともに我々に定められた最も重大な任務がある。
確かに、荒らされたこの時代の詩壇、画壇、楽壇にはその芸術的相貌を刻印づけている偉大なる天才はいまだ現れていない。しかし時が来れば、彼らは来る。彼らがいないことを我々は案ずるにおよばない。彼らを呼ぶ必要はない。その時になれば、彼らは自ら出現する。我々は苛々してはならぬ。時が熟すれば彼らが来ることを信じなければならない。そして恵みの嵐のなかで彼らは我々の頭上に轟々と鳴り響くであろう。
「時代に即応する」ことは「現在」と同じ意味ではない(1942年)
時代に即応する──この言葉の内容が、要求を意味するものであろうと、あるいはまたとりわけ、それを意味しないものであろうと、この言葉はすでにたびたび解明されてきたところである。いかなる事情があろうとも、それは「現在」でなければならぬという必要は断じて存しない、ということが示されているのである。それはまた、あとで述べる「今日」の要求であってはならない。銀幕の上で、我々の眼前を通り過ぎる運命は、我々をして容易にその行為者たちと一体であるかのごとく感ぜしめ、彼らの体験を我らに自らの体験とさせるほどに力強いものでなければならない。
しかしながら、かような力が、事件から我々の身の上に推移してくるかどうかは作家および映画監督の、芸術家としての天稟の如何にかかっているのである。素材の種類それ自体は、この場合きわめてささやかな役割を演ずるものである。素材はただ、単に本質を形式によって実現する可能性、であるにすぎない。素材とは何ぞや? すなわち、人がそれを元として作り出す原因となるものである。
映画は、写実的でありえる。その一切の努力と辛苦を傾注して、日常を表現することができる。映画はまた、問題を取り扱い、ある目的を持つことができる。しかし、これらいずれの場合でも、あまねく芸術の光に照らされていなければならない。
映画の筋のなかに現れる出来事は、仕事日の労苦や、陰鬱な無味乾燥さに打ち克つものでなければならぬ。諸君が望む通り、観客が楽しく、幸福な、祝福された気持ちで映画館から出てくるようでなくてはならぬ。我々は日常を写実的に描くことはできるが、しかし芸術的に表現する必要がある。
すっきりとしたところもなく、また映画作品を、一つの芸術的作品たらしめる第一義的なものを欠いては、いかなる出来事も観客の興味をそそらず、ただ不満を与えるのみである。対象物をくっきり際立たせる、美しくかつ優しい光は──それこそ正に芸術なのであるが──暗黒の環境を照らし出し、最も悲劇的な事件の成り行きに、初めて美と調和と和やかな響きとを恵むのである。
映画監督として、高く指し上げた人差し指があたかも威嚇するごとく、万有を圧するような態度で、 民衆に物を教えようとする立場から 、 決して我々は出発してはならない 。指示も啓蒙も一切は、快い、それと気付かぬうちに方向を示すような形式でなされなければならぬ。政策的な映画においても同様であって、それが現時代に即したものであろうと、また過去を回想するものであろうと、そのいずれにせよ、直観的かつ人生の行路を指し示しているものであるべきは論をまたない。我々が芸術と呼んでいるものによって照らされ、柔らかみを与えられてこそ、映画は常にあらゆる民衆に対して、大きな引力を持つにいたるであろう。
私自身が、空想によって紡ぎ包まれた映画、観客の心身を休ませ、くつろぎを与え、日常を超越して夢を見させるような、願望の夢を打ち明けている映画が好きである。